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1: 心のびた民 2014/11/27(木)19:20:56 ID:M7P
それはとある冬の日のことだった。
そいつは、コンビニの駐車場の隅で、車止めブロックに座っていた。
肩くらいの金髪、上下ジャージにサンダル。
端から見ても未成年だというのに、タバコをくわえていた。

普段見ない顔だったから、気になって見てたら目が合った。

そいつは、まるで野良犬のように、俺を睨んでいた。



 

5: 心のびた民 2014/11/27(木)19:25:09 ID:M7P
それから、ちょくちょくその女を見るようになった。
俺はあまり気にしていなかった。
こっちから話しかけたら、怖い兄ちゃんが出るような気がしたし。

そんなある日、その女の横に若い男が座っていた。
見るからに、そいつもDQN。
彼氏か何かだろうと思ったが、様子が少し違っていた。

7: 心のびた民 2014/11/27(木)19:29:07 ID:M7P
「ちょっとくらい時間があるんだろ?」

「……」

「いいじゃん、一緒行こうよ」

「……」

どうやら、ナンパをされていたらしい。
とは言っても、ナンパなんてそこら中でされているし、金髪女なんてそれ待ちなのも多いだろうと勝手に思っていた俺は、特に気にせず店内に入った。

9: 心のびた民 2014/11/27(木)19:33:43 ID:M7P
買い物をして、店を出る。
すると、ふと駐車場から言い合う声が聞こえた。

「離せよ!」

「うるせえんだよ!早く来いって!」

何事かと思いその方向を覗き込むと、男は女の手を強引に引っ張っていた。
その様子は、見てすぐ分かった。
ナンパに失敗した男が、無理やり女を連れていこうとしてる。

「おい!ちょっと!」

思わず、声を出してしまった。
ヤバい。マズった。
そう思った時には、後の祭りだった。

「……あ?」

男は睨みながら、女から手を放して、俺の方に近寄ってきた。

12: 心のびた民 2014/11/27(木)19:38:37 ID:M7P
相手は俺より少し小さかった。
ただ、それでもDQN。
スーツ姿の俺なんかに臆するはずもなく、接近してきて睨み付ける。

「あんだよ」

男の威嚇する声が、耳に突き刺さる。
心臓がバクバク動き、背中に嫌な汗が流れる。
気が付けば、足が震えていた。
ただ、男の奥に、女が見えた。
女は、男に捕まれた腕を手で押さえながら、俺を見ていた。

後にも先にも、勇気を目一杯振り絞ったのは、あの時だけだろう。
一度唾を飲み込み、震える声を男に向けた。

13: 心のびた民 2014/11/27(木)19:42:46 ID:M7P
「彼女、嫌がってるだろ?」

それが、精一杯の言葉だった。
そんな言葉で、DQNが終わるはずもなかった。

「あ?おめぇには関係ねぇだろ?」

確かに、何一つ関係ない。
ごもっともな言葉。

次の言葉を探した俺だったが、男は俄然睨み付けてくる。
めちゃくちゃ怖い。
不良に絡まれたことすらなかった俺の頭は、真っ白になっていた。

思考が停止した中、俺は次の言葉を探す。
そして、テンパル俺の頭脳は、とある言葉を口にした。

「息、臭いですね」

14: 心のびた民 2014/11/27(木)19:49:50 ID:M7P
その瞬間、突然左頬に衝撃が走り、体は後ろに吹き飛ばされた。
何が起こったのかわからない。
だけど頬には激痛が走り、口の中では血の味がじわりと広がっていた。

少しして、理解した。
男に、殴り飛ばされたと。

「てめえ@♀☆″#$£@&#∞∴……!!」

怒り狂った男は、なんて言ってるかも分からないような怒声をあげながら俺のところに近付き、倒れる俺の体を蹴り始めた。
一発ごとに鈍い音が響く。
蹴られたところから体全体に衝撃が走る。
痛いと言うより、とにかく苦しい。
息が詰まり、呼吸もままならない。

体を丸める俺を、男は蹴り続けた。

17: 心のびた民 2014/11/27(木)19:59:15 ID:M7P
「何をしてるんだ!」

少しして、突然オッサンの声が聞こえた。
ボヤける目で見れば、コンビニの店員が店から出てきていた。

「くそっ!」

その瞬間、男はその場を逃げようとした。
逃がすか!
咄嗟にそう思った俺は、逃げようとする男の足を必タヒに掴んだ。

「放せよ糞が!」

男はなおも俺を蹴る。
それでも、最後の力を振り絞り、必タヒに男の足にしがみついた。
するとコンビニから、もう一人店員が出てきた。
その人は、めちゃくちゃガタイが良かった。
俺と男を見るなり、一目散に駆け寄り、男にタックルをかました。
その間にオッサンは店内に戻っていた。
ガタイがいい店員が馬乗りになって男を押さえていて、俺も何かしなくちゃいけないと思い、バタバタ動いていた男の足を押さえた。

「放せよ!放せよ!」

騒ぐ男。
その声の中、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

20: 心のびた民 2014/11/27(木)20:03:47 ID:M7P
その後、駆けつけた警察官に男は逮捕された。
俺も体の写真を撮られ、調書(?)を作られた。
写真の時に気付いたが、全身アザだらけだった。
顔もしっかり腫れ上がり、鼻と口から血も出ていた。

男は傷害罪だとか、警察官が説明していた。
もともと素行も悪かったみたいで、実刑の可能性が高いそうだ。

「大変だったね」

私服の刑事さんからそう言われ、会釈をする。
次の日病院に行って、診断書を警察に提出した。

21: 心のびた民 2014/11/27(木)20:07:59 ID:M7P
次の日は、あまりに体が痛くて、上司に連絡し休みを貰った。
骨は折れてはいなかったが、体中痛くて、風呂が苦痛だった。

アパートの一室、俺の自宅で、痛みに顔を歪ませながら一日中寝てた。

ただ、あの女を助けれたことだけは、なんとなく誇らしかった。
そう思うと、頬が緩む。
そしてまた、顔に痛みが走った。

22: 心のびた民 2014/11/27(木)20:11:13 ID:M7P
それから数日後、仕事に復帰した。
仕事場では、俺はちょっとした有名人になっていた。
DQNから理不尽な暴力を受け、相手を捕まえた男として。

正確には、少し違うが。
DQNがぶちギレたのは、俺の余計な一言のせい。
そして主に男を捕まえたのは、ガタイのいい店員。

ただ、それをいちいち説明していたらキリがなく、ただ照れ隠しの苦笑いを続けた。

23: 心のびた民 2014/11/27(木)20:14:36 ID:M7P
その日の帰り、俺はいつものコンビニに立ち寄った。
その日は、当時の二人が勤務していた。
警察を呼んだのは、やはりオッサン店員だった。
二人に深々と頭を下げる。
オッサンと兄ちゃんは、笑顔を俺に向けていた。

適当な買い物をし、お礼に二人に少し高い栄養ドリンクをプレゼントして、店を出る。

すると入り口近くの外には、来たときには気付かなかったが、例の女が立っていた。

25: 心のびた民 2014/11/27(木)20:18:21 ID:M7P
「……」

女は、いつもの黒いジャージだった。
そして何も言わずに、ただ俺を見ていた。
どうすればいいか分からず、俺は会釈をして横を通り抜けようとした。

「体、大丈夫っすか?」

すれ違い様、女はそう聞いてきた。

「ああ、大丈夫だよ」

顔にはまだガーゼがあって、アザは残っていた。
それで大丈夫とは言えないとは思うが、とりあえず、そう言ってみた。

26: 心のびた民 2014/11/27(木)20:23:33 ID:M7P
「兄さん、むちゃするっすね」

「そう?」

「うん。あそこは、普通なら素通りでしょ」

女は、ひたすら申し訳なさそうな顔をしていた。
もしかしたら、罪悪感みたいなものがあったのかもしれない。
あれは俺が勝手にしたことだし、もともとは俺の一言が原因なわけで……。

「まあ、余計なこと言ったからね」

女は、俺が言うところの、「余計なこと」ってのをすぐに理解したようだ。

「……ああ、あれはないっしょ。誰でも怒るっしょ」

「まあね。……でも、面白かっただろ?」

その言葉で、彼女は笑った。

「――最高っす」

27: 心のびた民 2014/11/27(木)20:29:28 ID:M7P
それから、俺の毎日に、少しだけ変化があった。
いつもの通勤、いつもの仕事、いつもの帰宅、いつものコンビニ……。
そして……。

「おつかれ」

「おう、おつかれ」

女は、笑顔で俺に手を振っていた。

「今帰り?」

「まあな。そっちは今日もコンビニかよ」

「まあね」

「暇人」

「うっさいw」

女は、すっかり俺に打ち解けたようだ。
最初していた中途半端な敬語はなくなり、気軽に、友達のように話す。
話の内容は、実にどうでもいいことばかりだった。
その日あったこと、テレビで見たこと、人から聞いたこと……。
コンビニの駐車場の隅で、俺達は話していた。
女が駐車場にいることが増え、いつの間にか、毎日のように話すようになっていた。

28: 心のびた民 2014/11/27(木)20:33:42 ID:M7P
聞けば女は17歳らしく、高校には行ってないようだ。
家はこの街にあるらしく、昼間は工場でパートをしているとか。
家族のことを聞いてみたが、あまり話そうとしなかった。

まあ、踏みいったことまで無理して聞こうとは思わないし、彼女の事情もあるだろう。
そこは、特に追及しなかった。

29: 心のびた民 2014/11/27(木)20:38:55 ID:M7P
とある日、珍しく女の横には、友達らしき別の女がいた。

「おっす」

「おう……って、友達?」

「ああ、そうそう」

友達は、軽く会釈をする。
そして、女になにかを耳打ちし始めた。

「――ッ!バッカ!違うし!」

女は慌てて声を荒げ、友達の肩を軽く叩く。
友達はそれを見て、ケラケラ笑っていた。

なにがなんだか分からず、女を見る。
俺の視線に気づいた女は、困ったように顔を伏せる。
そして時々俺の方を見て、よく分からない笑顔を見せていた。

その仕草が、とても可愛らしかった。

31: 心のびた民 2014/11/27(木)20:45:52 ID:M7P
それからも、女との関係は続いた。
といっても、仕事帰りのコンビニで話すだけだったが。
でも、休日の夜までコンビニに行くようになっていた。
雨の日も風の日も、女はコンビニにいた。

女と話すことは、俺にとってもすっかり日課になっていた。
昼間からもそれが楽しみになっていたくらいだ。

その時には、俺は気付いていた。
いつの間にか、そのDQN女に、惚れていたことに。

32: 心のびた民 2014/11/27(木)20:51:06 ID:M7P
年の瀬も近付いたその頃、会社の忘年会が催された。
名ばかりの無礼講。
上司に酒を注ぎ、適当にヘラヘラする。

ただ、俺は気が気ではなかった。
女に、この飲み会のことを言い忘れていたんだ。
その日は、その冬一番の冷え込みだとか。

いつもの時間に来なければ、さっさと帰ってて欲しかった。
まさか、な……。
そんなことを思いながらも、飲み会は続いた。
幹事がさっさと打ち切るのを待ちながら、俺は酒を注ぎ、飲んでいた。

35: 心のびた民 2014/11/27(木)20:55:02 ID:M7P
終わった頃には、終電近くになっていた。
俺は走り、電車に乗り込む。
いつもと同じ速度で走る景色が、やけに遅く感じた。

駅に着いた時には、雪が降っていた。
本来なら、ぼんやりと白い綿のような雪を眺めるところだったが、俺はただ、コンビニに急いだ。

いるはずない。
帰ってるはず。

そう思いながらも、足は前へ前へとせわしなく動く。

そして、コンビニに着く。
建物の隅、いつもの車止めのブロック。

そこには、女が座っていた。

37: 心のびた民 2014/11/27(木)21:04:52 ID:M7P
「お前、なにしてんだよ!」

慌てて女のもとへ駆け寄る。
頭や肩には少しだけ雪が積もり、寒さで体は震えていた。

「……遅かったな」

女は、弱々しく笑っていた。
体を丸め、寒さに耐えていた。
思わず、彼女の手を掴んだ。
どれだけ待ったのだろうか。彼女の手は、雪のように冷たかった。

その手を引っ張り、雪の中を歩く。

「どこ行くの?」

「いいから!」

彼女の問いにそう答えながら、俺は自宅を目指した。

39: 心のびた民 2014/11/27(木)21:13:58 ID:M7P
家に着くなり、女にタオルを渡す。

「これで拭けよ」

女は、ゴシゴシと頭を拭いていた。
まだ少し寒いのかもしれない。体は、まだ震えていた。

「頭拭いたら、風呂に入れ。あんな寒いなか、どんだけいたんだよ」

「ハハハ……」

女は、困ったように笑っていた。

そして女は、風呂に入った。
その間にエアコンの暖房を入れ、お湯を沸かす。

ふと、ここにきて、ようやく今の状況を理解した。
未成年を、家に連れ込んだ俺。
果てしなく、ヤバい気がする。

かと言って、今さら追い出すわけにもいかない。
とりあえず俺は、テレビ近くに置いていたエ□DVDを押し入れにしまいこんだ。

40: 心のびた民 2014/11/27(木)21:19:54 ID:M7P
女のジャージは、雪で濡れていた。
代えの服なんて持ってるはずもなく、俺のジャージを脱衣所に置く。
さすがに下着まではなく、また自分のを履いてもらおう。
そう思い、ふと脱衣カゴに目をやった。
そこには、脱ぎたての赤紫のブラジャーとショーツ。
さすがに悶々としつつも、これ以上見たらマズイと思った聖人君子たる俺は、さっさと居間に戻った。

テレビをつけて、気分を紛らわしてみた。
だが、いまいち集中できない。
お笑い番組の漫才があっていたが、それよりも、風呂場から聞こえるシャワーの音がやけにはっきりと聞こえていた。

41: 心のびた民 2014/11/27(木)21:27:37 ID:M7P
しばらくすると、女は風呂から上がってきた。
金髪はほんのり湿り、艶を出す。
メイクは落ちていたが、なんだか素顔のほうが可愛らしく見えた。

「お風呂、ありがと」

不器用に、女は言う。

「いいって。それより、体は暖まったか?」

そう言いながら、入れたばかりのコーヒーを女に差し出した。
女は小さく頷き、一口、コーヒーをすする。

「……苦い」

舌を出し、顔をしかめる女。
その顔を笑いながら、スティックシュガーを差し出した。
砂糖を必タヒに混ぜる姿を見つめながら、ぼんやりと考える。

こいつは、俺の家に来るのに抵抗はなかったのだろうか……。

そう思う俺の鼻には、コーヒーの香りに混じり、女の髪の匂いが漂っていた。
同じシャンプーを使ったはず。
それでも、いい匂いがしていた。

42: 心のびた民 2014/11/27(木)21:33:11 ID:M7P
それから、二人でぼーっとテレビを見ていた。
時折、女はキョロキョロと部屋を見渡していた。

「……そんなに珍しいか?」

ふと、そんなことを聞いてみた。

「んん……片付いてるなって……」

視線を動かしながら、女は言う。

「別に普通だと思うけど。それとも、前の彼氏の家は散らかってたのか?」

「まあね。まあ、あんまし気にしなかったけど」

女は平然と答えた。
そりゃ、こんな女が男の家に行ったことがないなんて言うとは思っていなかった。
それでも、心の奥が、ちくりと傷んだ。

「……あたしさ、男見る目ないんだよね」

テレビを見ながら、女は言ってきた。

45: 心のびた民 2014/11/27(木)21:51:35 ID:6Tl
「そうなの?」

「うん。付き合った彼氏も、みんな体目的みたいだったしね。
好きとかじゃなかったけど、コクられたらなんとなく付き合ってたし。彼氏も、さっさとホテルとか家に連れてこうとしてたんだよね」

「……」

「まあ一応付き合ってるから、別に良かったんだけどさ。どこも行かずにだらだらしてさ。お互いケータイいじってて。
何で一緒にいるんだろうって思ったりしてさ。つまんなくて、ケンカして、殴られて。
で、最後はいっつもいっしょ。彼氏に別の女が出来てサヨナラ。
バカみたいでしょ?」

「まあ、な……」

「まあ、あたしも悪いんだけどさ。そんな男って分かっててつるんでたし。
でも、私の立ち位置ってなんだろうなぁって思ったりしてさ……」

女は、無表情で淡々と話していた。
なんだか、今にも泣きそうに見えた。
もしかしたら、心で泣いてたのかもしれない。

48: 心のびた民 2014/11/27(木)22:01:00 ID:6Tl
俺は、激しく自分を責めた。
もしかしたら、俺が家に連れ込んだことで、女はそんなことを思い出したのかもしれない。
これまでの男と同様に、体目的だと思ったのかもしれない。
それが情けなくて、頭に来て、悲しくて。

気がつけば、俺は女の頭を撫でていた。

「な、なに?」

女は、驚いていた。
いきなり頭なんて触ったからかもしれない。

「……今日は、ここに泊まってけ。ベッド使っていいから。俺は、床で寝る」

「え?」

「体、だいぶん冷えただろうからな。よく休め。俺も酒入ってるし、いい加減眠い」

「う、うん……」

「じゃあ、寝るぞ!」

テレビを消して、電気を消す。
女はいそいそとベッドに乗っていた。

「……ねえ、あたしが床で寝ても……」

「うっさい。いいから寝ろ」

「う、うん……」

一度小さく頷いた女は、布団の中に入っていった。
それを見届けた後、俺もまた予備の毛布を取り出し、クッションを枕にして横になった。

49: 心のびた民 2014/11/27(木)22:09:29 ID:6Tl
暗闇の中、静寂が流れる。
ベッドの上にある目覚まし時計の針の音が、はっきりと聞こえていた。

チクタク……チクタク……。

時間が進んでいることを忘れさせないかのように、一定のリズムで響く。

チクタク……チクタク……。

「……ありがと」

針の音に混じり、女の呟きが聞こえた。
どう反応すればいいのか分からず、咄嗟に俺は狸寝入りをする。
なんとなく、照れ臭かったのもあった。

――ふと、耳に何かが聞こえてきた。
鼻をすする音と、押し頃すような声、呻き。
その音は、ベッドから聞こえていた。

なぜかはわからない。
だけど、これまたどうすればいいのか分からず、俺は狸寝入りを続行させた。
男としてそれでいいのか分からないが、そっとするのも優しさの一つかも。
ちゃちな女性経験は、そんな言い訳を自分にさせていた。

52: 心のびた民 2014/11/27(木)22:18:50 ID:6Tl
翌朝、ふと目が覚めた。
どうやら、いつの間にか寝ていたようだ。
体を起こし、ベッドに目をやる。
そこに、女の姿はなかった。

起き上がり、キッチンの方に向かう。
そこには、ジャージのまま台所に立つ女がいた。

「……なにしてんの?」

「あ、おはよ」

女は振り返り、挨拶する。
その手には、フライ返し。
もしや、飯を作ってるのだろうか。

「……意外だな。飯、作れるのか」

「たまにね。ほら、もう出来るからさ。顔洗ってきなよ」

女に促されるまま、俺は洗面所で顔を洗った。
鏡に移る俺の頭は、寝起きだからか寝癖がつきまくっていた。

「……」

手を水で濡らし、髪をとかす。
一向になおる気配のない髪と、しばし格闘を続けた。

54: 心のびた民 2014/11/27(木)22:27:50 ID:6Tl
居間に戻ると、そこには朝飯が用意されていた。
焦げた目玉焼き。
焦げたパン。
そして、見るからに薄そうなインスタントカップスープ。

よく見れば、女の分はない。
俺の前だけに、置かれていた。

「……お前のは?」

「あたしはいい。食べなよ」

「お、おう……」

箸で目玉焼き風焼いた卵を掴む。
白身のところは、過半数が黒い。
焦げには発ガン性物質が多く含まれると聞くが、これは大丈夫なのだろうか。
そんなことを思いながら、ちらりと女を見た。

女は、優しく俺を見ていた。

後に引けない。ここは男を見せるとき。
意(胃)を決した俺は、一口かじった。

……苦い。すんごく。

「……どう?」

女は、心配そうに俺を見る。
ほんとのことを言った方が、本人のためになるのかもしれない。
でも、キラキラとした視線を前に、ヘタレな俺はアンパイな返答を選んだ。

「……ウマイよ」

女は、とても嬉しそうに笑っていた。

62: 心のびた民 2014/11/27(木)22:41:20 ID:6Tl
それからなんとか完食した後、女は食器を片付けて、帰ることになった。
なんでも、パートの時間が迫ってるとか。

「あの……その……」

女は、珍しく言い辛そうにしていた。
まあ、なんとなく言いたいことは分かったが。

「おう。いいってことよ」

「……あたし、まだ何も言ってないんだけど」

「いや、いいよ。なんとなく分かったし」

女は、ポリポリと頬をかく。

「それより、もうあんな無茶すんなよ?風邪引くぞ」

「そしたら、また泊まるからいいよ」

女は、笑いながらそう言っていた。

「バーカ。次泊まったら、襲うかもしれないぞ」

冗談っぽく、そう言ってみた。
そしたら、女はまた笑みを浮かべた。

「……兄さんなら、いいよ」

「……へ?」

しばし、時間が止まる。
頭の中で、必タヒに女の言葉を整理していた。

「――……なんて、ね。冗談だよ、冗談」

クスクス笑いながら、女は俺を見た。

「な、なんだ……」

「もしかして、期待しちゃった?」

「うっさい。はよ行け」

はいはい、と、軽く手を振って女は去って行った。
女が帰った後、俺はへこんだ。
俺より年下の女に、いいようにからかわれてしまったことに。

64: 心のびた民 2014/11/27(木)22:47:59 ID:6Tl
それからも、女はコンビニにいた。
そして俺は女と話す。

あの一泊以降、女との距離はさらに縮まったような気がしていた。
彼女自身も、それまで以上に楽しそうに俺と話していた。

端から見たら奇妙な光景かもしれない。
見た目サラリーマンのスーツの男と、見た目DQNのジャージの女。
アンバランスな俺らが、楽しそうに会話をする光景。

俺は、周りからなんと思われようが良かった。
女と話す時間はとても楽しい。
それだけで、満足だった。

66: 心のびた民 2014/11/27(木)22:56:06 ID:6Tl
それから数日後、俺はとあることを決めていた。

「――あのさ」

「ん?なに?」

一度深呼吸して、口を開く。

「今度さ、どっかに遊び行かないか?」

「え?」

「ほら、お前いっつもここにいるだろ?たまには、どっか連れてってやるよ」

「ほんとに!?」

予想以上に、食い付きが良かった。

「あ、ああ。もちろん、良ければって話だけど……」

「行く!絶対行く!」

見事なくらいに、即答だった。

そして俺らは、二人で出掛けることになった。

67: 心のびた民 2014/11/27(木)23:03:23 ID:6Tl
次の休日、俺は駅にいた。
少し緊張しながら、そいつを待つ。

「――おっす」

後ろから、聞きなれた声がかかった。
振り返ると、そこには女がいた。

ズボンにジャンバー。いつもと全く違う服。
考えてみれば、ジャージ以外の格好を見るのは初めてだった。

「お、おう……」

面食らった俺は、まじまじと女を見る。
女は、少し照れていた。

「……早く行こ」

「あ、ああ……」

女に促されるまま、俺達は電車に乗り込んだ。

74: 心のびた民 2014/11/28(金)02:36:41 ID:Qdn
電車の中で、女は普段の数倍テンションが高かった。
まるで初めて電車に乗った子供みたいに、車窓からの景色に目を輝かせていた。
ほんとにこれまで男とまともに出掛けたことがないのかもしれない。
歴代彼氏の情けなさたるや……思わず天井を仰いでしまう。

「で?どっか行きたいところあるか?」

「え?……う~ん」

そのまま、しばし考え込む女。
そして……。

「……デート、してみたい」

「は?」

「あたし、普通に遊んでみたい、かな。テレビで見るみたいに、映画見て、買い物して、ご飯食べて……」

「……」

普通、だった。
こいつにとって、普通こそ最も憧れるものなのかもしれない。
歴代彼氏、不甲斐なさ過ぎるぞ……。
思わず、頭を抱えてしまった。

75: 心のびた民 2014/11/28(金)02:48:33 ID:Qdn
電車を降りた場所は、俺の街よりも遥かに大きな街だった。
建ち並ぶ建物と行き交うたくさんの人、人、人……。
俺の街では目立っていた女の金髪も、そこでは風景の一部だった。

キョロキョロと見渡し、少し戸惑う女。

「ほら、行くぞ」

「う、うん……」

俺が歩き始めると、ちょこちょこと後ろから付いてきていた。

「な、なあ。みんな歩く速度速くないか?」

「いやいや、ここじゃ普通だぞ」

「そうなんだ……」

「……田舎もん」

「うっさい」

とにもかくにも、女の要望通り、俺は映画館を目指した。

76: 心のびた民 2014/11/28(金)02:59:18 ID:Qdn
それから、街を巡る。
アクション映画で興奮し、買い物ではしゃぎ、ゲームセンターで燃え……女は、めちゃくちゃ楽しんでいた?
もちろん、どれも目新しいものではないだろう。
それでも、こうして男に連れてこられることは本当になかったようで、眩しいくらいの笑顔を見せていた。

「ねえ!次あそこ!あそこがいい!」

踊るようにくるくる回りながら、女は俺の前を歩いていた。
満面の笑みを見せる女。
もとの顔が良かったからか、すれ違う男は彼女を見ていた。
そんな女と歩く俺。
少しだけ……いや、むちゃくちゃ誇らしかった。

80: 心のびた民 2014/11/28(金)18:04:25 ID:UfC
しばらく歩き回った後、俺と女は公園のベンチに座っていた。
都会の中にある、緑に囲まれたそこは、なかなかの広さだった。
ランニングをする人、犬と戯れる人、そして、仲睦まじく歩くカップル……。
そんな色んな人の日常を見ながら、俺はコーヒーを、女はオレンジジュースを飲む。

空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
冬のせいか、黄昏時が短い気もする。
限られた時間でしかこの色を出さない空に、儚さと一瞬の煌めきを覚える。

「……少し、疲れたな」

一口飲み込み、女に言った。

「そうだね。あたし、こんなに歩き回ったのは久々だし……」

「そっか……そりゃ、さぞや疲れただろ」

「うん。でも、とっっっても楽しかった!」

女は、とびきりの笑顔を俺に向けていた。

「ハハハ。ただ、まだ終わってないだろ」

「え?」

「飯。腹減っただろ?奢ってやるよ」

と言いつつも、今日の会計はほぼ俺持ちだったが……。

「うん!あたし、フランス料理が食べたい!」

「バカかお前!いくらかかると思ってんだよ!せいぜい居酒屋にしとけ居酒屋に!」

「ぶー。ケチ」

女は舌を出して文句をたれる。でもすぐに笑みを取り戻り、元気いっぱいにベンチを立つ。
やれやれ……そんなことを呟きながら、俺もまたベンチを立った。

86: 心のびた民 2014/11/28(金)19:53:14 ID:UfC
居酒屋の角席で、俺と女は飯を食べていた。

「ま、居酒屋ではあるけどじゃんじゃん食え」

「いいの!?」

「ああ。じゃんじゃんいいぞ!」

「うん!じゃあ……ショートケーキ!」

「いきなりデザートかよ!先に飯食べろ!」

「えええ……ケチー……」

そして女は、しぶしぶご飯を選ぶ。

でも女は、何だか楽しそうだった。

「ねえねえ!これ何!?」

「ああ、それは揚げ物だよ」

「へえ……じゃあこれは!?」

「それは煮つけ。お前、ホント知らないんだな……」

「居酒屋とかほとんど来たことないし!」

「ま、そりゃそうだろうけど……」

食事は、賑やかに過ぎていった。

89: 心のびた民 2014/11/28(金)22:16:19 ID:UfC
「――ああ美味しかった!」

食事を終え、女は街灯が並ぶ道を歩いていた。
辺りはすっかり日も落ち、薄暗い。
人気もなく、その道を歩くのは俺と女だけになっていた。

……ていうか、それよりも……。

「お前マジかよ……。なんでデザートだけで5000円分も食えるんだよ……」

食うも食ったり。二人で1万7千円も吹っ飛びやがった。
ていうか、あそこは大衆居酒屋チェーン店だったはず。酒もそこまで飲んでいないし、どうやってこの金額に行くのやら……。
こっちが驕ると言った手前、別に食い過ぎだとか、少しは手加減しろとか、そんな女々しいことを言うつもりはない。ない、が!
……それにしても食べ過ぎだろうに。
女の胃袋が満たされたのに反比例し、俺の財布は、すっかり空腹になっていた。もちろん、俺の心も……。

91: 心のびた民 2014/11/28(金)22:21:51 ID:UfC
「……今日は、ありがと」

懐の寒さに一人冷や汗を流していると、女は突然言ってきた。
少し照れ臭そうに、表情を伏せている。

「いいんだよ、別に。お前にはこの前飯を作ってもらったからな。ほんの、そのお礼だよ」

……と言っても、消炭のようなものだったが。

「それでも、ありがと。あんたに連れて来られてなかったら、こんなに楽しい気持ちにはならなかっただろうし」

「……ずいぶん柄にもないこと言ってんだな。お前、そんなキャラだったか?」

「あ、あたしだって礼くらいする時はあるって!」

「ハハハ。そうかそうか」

「……」

女はふてくされたように、俺を見ていた。
少し、意地悪が過ぎたかもしれない。

……その時、俺は頃合いを待っていた。
今回の、本当の目的の……。

93: 心のびた民 2014/11/28(金)22:30:10 ID:UfC
「……そろそろ、いいかもな」

「え?」

女の足が止まったところで、俺はようやく、懐から隠し持っていた“それ”を取り出す。

綺麗に包装された箱……。それを、女に差し出した。

「ほれ。これやるよ」

「な、なにこれ……」

女は、目を点にして箱を受け取る。両手でしっかりと持ち、ただ固まったように視線を注いでいた。

「開けてみろ」

「う、うん……」

言われるがまま、女はビリビリと包装を破り開けた。なかなかワイルドな開け方だった。

そして中の、小さなケースが姿を現す。
女の手は震えていた。その手で蓋を開ければ、そこには、星型のイヤリングが2つ顔を出す。

「……これ、イヤリング?」

「そうそう。もう少しでクリスマスだろ?ちょっと早いけど、プレゼントだよ」

「プ、プレゼント?あたしに?」

「ああ。感謝しろよ?知り合いのよしみで買ったんだからな」

これには、女もきっと大喜びだろう。
これぞ俺のサプライズ攻撃。サプライズアタック。
こんなことしたこともなかったが、まあ、特別大サービスといったところだろう。

……だがいっこうに、女は動こうとしなかった。
ただ手の中の星を見つめ、フリーズしていた。

もしや、趣味が悪かったのか……。
そんな心配をした、瞬間だった。

「……うぅ……うぅ……」

女の目からは、ぽろぽろと涙が出始めた。
そしてその場でへたれこみ、声を上げて泣き始めた。

98: 心のびた民 2014/11/28(金)23:11:22 ID:UfC
「どどど、どうしたんだよ!おい!」

俺は慌てまくった。凄まじく。
目の前で女に泣かれるなんて今まで経験がなかったことだった。

「ああああ……ああああああ……!」

女は泣きじゃくってた。
周りに人がいなくて良かったかもしれない。
もしいたら、俺は不信感を露わにした視線をぶつけられるところだっただろう。

「よし分かった!よぉく分かった!俺が悪かった!よく分からんが、俺が悪かった!だから一度落ち着こうか!な!?」

自分でも何を言ってるのかよく分からない。
ただとりあえず、女の涙を止めようと思った。
だがその方法が分からない。分からないからこそ、俺はただただ慌てふためいていた。

「違うの……違うんだよ……!」

女は、ようやく落ち着きを取り戻し始めたようだ。
うずくまり、イヤリングのケースを必タヒに抱きしめる。

そして……。

「……あんた、バカだよ……」

――罵ってきた。

100: 心のびた民 2014/11/28(金)23:27:56 ID:UfC

「あたしみたいな奴なんか構ってさ……ボコられて、金払って……本当、バカだよ……」

「そ、そうか?」

「ケンカだって弱っちいし、こそこそAV隠すし、あたしの飯を冷や汗流しながら“ウマイ”とか言うし……」

AVの件、ご存じだったんですか……。

「格好だってダサいし、センスないし、イヤリング可愛くないし……」

おいコラ。言い過ぎだろ。
怒っていいのか?これ、怒っていいよな?

「……なんであんたが、あたしみたいなどうでもいい奴を相手してんだよ……意味わかんない……ほんと、意味わかんない……」

女の声は震えていた。
顔は伏せ、表情は見えない。ただ、またすぐにでも泣きそうになっていた。

「……ま、俺が好きでやってんだよ。意味分からんならほっとけ。それに――」

「――あたしだって!」

突然、女は声を上げた。
思わず体がビクリと動き、言葉を呑み込んでしまった。

そして……。

「……もう……バカ……」

……再び、罵ってきた。

「……ああ、はいはい。どうせ俺はバカだよ。あんまり本当のこと言うなよ。ヘコむぞ」

「ほんとバカ……バカすぎ………。……どうしようもないくらいバカで……大好き……」

「はいはい。俺はバカで大s………へ?」

「……」

……今、何か聞こえた気がした。
それがなんだったのか、女はそれ以降黙ってしまって、よく分からなかった……。

103: 心のびた民 2014/11/29(土)13:11:34 ID:6gz
翌日から、女はコンビニに姿を見せなくなった。
帰り道、少し遠回りしながら女の姿を探す。

なんとまあ不様なことだろうか。
たかだか金髪DQN一人がいないだけで、なぜか焦燥感が募ってしまう。
生活の一部がなくなると、何か気持ち悪い。
そんな気持ちに似ている。

……生活の一部、か。
いつの間にか、女は俺の中で大きくなっていたのかもしれない。
惚れている自覚はあった。
でも、もはやその一言では片付かないほどのレベルになっているのかもしれない。

それにしても解せない。
あの日は大成功だったはず。
にも関わらず、女はコンビニに来ないとは。
かくも、女心とは複雑なものなのかもしれない。

109: 心のびた民 2014/11/29(土)16:54:59 ID:6gz
それから数日経過したが、一向に女はコンビニに来なかった。
もしかしたら、何かあったのかもしれない。
そんな心配をしていた、矢先のことだった。

「……――あ」

コンビニの駐車場の角に、女はいた。
いつも通りのジャージ姿。
ただ、どこか落ち着かない様子だった。

座らずに立って同じところをうろうろする。
時々周囲を見渡しながら、俯き歩く。
いったい何をしてるのやら。

ともあれ、少しだけ安心した。
まあ、何か事情があったのだろう。

とりあえず、声をかけてみるとしようか。

113: 心のびた民 2014/11/29(土)17:17:32 ID:6gz
「……よ。久しぶり」

「う、うわっ!」

女は驚いたように後退る。

「……そんなこと驚くことか?」

「う、うるさい!いきなり声をかけるなよ!」

なぜか、今日は攻撃的のようだ。

「ていうか、今までどうしたんだよ。全然姿見せないし……」

「そ、それは……」

目を伏せ、ちらちらと俺の様子を探る女。
寒いからか、顔は仄かに赤い。

「それは?」

「――ッ!?こ、こっち見んなぁぁ!」

「へ?」

「か、帰る!」

そしてそのまま、女は全速力で走り去っていった。

まるで、嵐のような出来事だった。

「……なんなの、いったい……」

118: 心のびた民 2014/11/29(土)22:38:02 ID:ef4
それから、女はいつも通りコンビニに来るようになった。
……ただし、少しばかり以前と違っていたが。
コンビニにいると思ったら、ろくに話すことはなく、2、3言、言葉とは言えない言葉を告げて帰ってしまう。
嫌われているわけじゃないようだ。避けられてるって感じだ。

いったいなんなのだろうか。
この前が上手くいっただけに、若干凹んでしまう。
女々しいのかもしれない。

「――か、帰る!」

「お、おい!」

……そして今日も、女は立ち去っていった。

「はぁ……なんなんだよ、ほんと……」

がっくりと肩を落としたまま、家路につくのだった。

119: 心のびた民 2014/11/29(土)22:57:46 ID:ef4
やけに北風が寒く感じる。
星が出てるのに、夜空はどんよりと暗い。

「はぁ……」

真っ白な溜め息を吐いてしまった。

「――ちょっといいですか?」

突然、後ろから話しかけられた。

「……え?」

振り返ると、そこには見知らぬ学生服の女が立っていた。
周囲を見渡すが、俺しかいない。

「……俺?」

「そうですよ。他にいないじゃないですか」

女子学生は、クスリと笑った。

「ええと……なに?」

「用事なんてありませんよ。ただ、ちょっと気になっただけです。――姉が気に入ってる人が、どんな人なのか……」

「……姉?」

……その時、気付いた。
そいつは、誰かに似ていた。
目元、口元、笑った表情、声……見覚えのある姿、聞き覚えのある声。

「……お前、もしかしてアイツの……」

「……はい。妹です」

そいつは、さっきと同じように微笑んでいた。

121: 心のびた民 2014/11/30(日)11:40:45 ID:FeN
「妹……」

「そんなに驚くことですか?」

「いや、知らなかったから……」

……それにしても、本当に驚いた。
確かに、女とどことなく似ている。
だが女と違い、とても清楚な外見だった。
言うなれば、どこぞのお嬢様のような……。

とにかく、印象が女とは180°違っていた。

しかし分からない。

「……なんで様子見なんてするんだ?」

「ただの興味本意ですよ、お兄さん」

「興味本意ねぇ……」

なんだろうか。その女には、どこか違和感があった。
うまくは説明出来ないが……。

「……とにかく、今日は帰りますね」

「え?あ、ああ……」

「では、また……」

そして妹は、一度笑みを浮かべて帰っていった。

123: 心のびた民 2014/11/30(日)11:48:14 ID:FeN
翌日、いつものようにコンビニに立ち寄る。
例のごとく、女は落ち着かない様子で立っていた。

「……よう」

「い、今帰り?」

「ああ、そうだけど……昨日さ、お前の妹と会ったぞ」

「……え?」

その瞬間、女の表情は固まった。

「……なんで?」

「なんでって言うか、帰り道に話しかけられてな。よく分からなかったけど」

「……」

それまでとは反転し、女の表情は沈む。
何かを考え込み、口を閉ざしていた。

「……あいつ……」

ぼそり、と。女は声を漏らす。

「……なんかあるのか?」

「……別に。今日は帰る」

「え?ちょ、ちょっと……」

俺の言葉に振り向くことなく、女はそのまま帰ってしまった。
一瞬だけ、その間際の女の横顔が見えた。

その顔は、出会った頃のような表情だった。
見るものを威嚇する、野良犬のような表情だった。

124: 心のびた民 2014/11/30(日)12:03:39 ID:FeN
それから、また女はコンビニに来なくなった。
いったい何なのだろうか。
妹の話題をした瞬間の女の表情は、未だに鮮明に覚えていた。
何か、事情があるかもしれない。
かと言って、それを事細かに聞くのもアレな気もするし、そもそも女と会えない今、確かめようもなかった。

悶々とした時間が過ぎていく。
聞くべきか、聞かざるべきか……。
会いもしてないのだが、そんな2択に、日々頭を捻っていた。

125: 心のびた民 2014/11/30(日)12:12:07 ID:FeN
そんなとある日のことだった。

その日俺は、仕事の関係で住宅街を歩いていた。
その一角で、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

派手な金髪と上下ジャージ……おそらく間違いではないだろう。
女だ。

「――お、おい……!」

声をかけたが間に合わず、女はとある民家へと入っていった。
そこは、普通の二階建て住宅。
なんの変鉄もない、普通の家だった。

「ここがあいつの……」

仕事の関係もあり、あまり時間もない。
とりあえず俺は、いったん職場に戻った。
130: 心のびた民 2014/11/30(日)17:50:24 ID:FeN
仕事が終わった後、急ぎ足でコンビニに向かう。
そこに女は……いない。

「それなら……」

すぐさまコンビニを後にし、女の家へと向かう。
行ってどうするか決まっていたわけじゃない。
ただなんとなく、今の状況が納得出来なくて、とりあえず女と話そうと思っただけだ。
ちなみに、女と何を話すかも決めてはいなかった。

ノープランに、行き当たりばったりに女の家へと向かう。
難しいことなんて分からない。
どうすればいいのか、何をしたいのかも分からない。

俺はただ、女に会いたいだけなのかもしれない。

「……ほんと女々しいな、俺は」

そう呟きつつも、いつの間にか頬が緩む自分がいた。

132: 心のびた民 2014/11/30(日)18:23:25 ID:FeN
ほどなくして、俺は女の家の前に立つ。
しかしながら、目の前にあるはずのインターホンを押せずにいるのはビビってるからだろうか。
今さら何を恐れる必要があるのやら。
むしろ、何もせずにこうして人ん家の前にいる方が不審者っぽく見えるだろうに。

そんなことは分かっている。
分かっちゃいるが、中々指が動いてくれない。
人の心とは、かくも難しいものなのだ。

「――もういいよ!」

突然、女の声が家の中から聞こえてきた。
どこか様子がおかしい。

「あんた達はそればっかり!いい加減うんざりなんだよ!」

凄まじく、怒っているようだ。
怒鳴り声と共に玄関近くの明かりが灯る。
そして玄関は、勢いよく開けられた。

と同時に、女が飛び出してきた。

137: 心のびた民 2014/11/30(日)21:31:37 ID:UNR
「よっ」

「――ッ!なんで――」

俺の顔を見るなり、女は表情を固まらせた。

「――ごめん!」

かと思えば、そのまま横を通り抜けて夜の闇の中へ走って行った。
……その一瞬を、俺の目は見逃さなかった。
女の目には、涙が溜まっていた。

「……まったくあいつは……」

その時、玄関の方から声が聞こえた。
その方向に目をやると、そこには、玄関を閉める中年の男……おそらくは、親父さんだろう。

「……ん?キミは?」

親父さんと目が合った。

「……どうも」

どうしようか迷ったが、とりあえず、会釈をしておいた。

145: 心のびた民 2014/12/02(火)22:01:09 ID:gbD
「誰だね、キミは……」

親父さんは、不審感を露わにしていた。
まあ、家の前に見知らぬスーツの男が立っていたら誰でもこうなるだろうが。

「……姉さんのお友達よ」

ふと、親父さんの背後に妹が立っていた。
彼女に視線を一度だけ送った親父さんは、視線を俺に戻すなり一度頭を下げた。

「……そうか。アイツの……。見たところ、社会人のようだが?」

「ええ、まあ……」

「どういう経緯であの子と知り合いになったのかは知らないが、あまり感心することではないな」

親父さんは、溜め息を漏らす。

「……と、言いますと?」

「簡単なことだ。そのスーツ姿から想像するに、キミは真面目に仕事をしているようだ。そんなキミが、あいつと関わるんじゃない。キミという人間にとって、マイナスにしかならないよ」

少し、驚いた。
まるで他人事のように、親父さんは女を語っていた。

「ええと……お父さん、ですよね?」

思わず、聞いてしまった。

「ああ、そうだ。恥ずかしながらな」

「恥ずかしい……」

「当然だ。学校にも行かずにフラフラ遊び回って、私の立場も考えもしない。まったく、困ったものだよ」

言葉からすると、本音のようだ。
本当に親父さんは、女を目の上のたんこぶのように言っていた。
……それが、凄くイラついた。

150: 心のびた民 2014/12/02(火)22:16:48 ID:gbD
「……本当に、お父さんなんですか?」

「当たり前だ。見れば分かるだろ」

「いや、そうは見えなかったので……」

「……なんだと?」

親父さんは、眉間に皺をよせる。

「まるで邪魔者かのように言ってるじゃないですか。そりゃ、お宅の事情なんて知りませんけどね。だけど、到底親とは思えないですよ、正直」

「キミは、初対面のはずだが?それとも、キミの会社では礼儀というものを教えないのかね?」

「そうですよ。初対面ですよ。そんな自分に、平然と娘さんをああやって貶すあなたも大概でしょ。しかも、決して説教じゃない。自分の立場しか考えてない、とてもワガママな愚痴だったでしょ」

「……キミに、何が分かるんだ!」

親父さんは、顔を真っ赤にさせて怒鳴り始めた。

「人様の家庭の事情に首を突っ込むんじゃない!キミは部外者だろ!」

「そうですね。部外者ですよ。だからこそ、客観的に分かりますよ。――おたく、なんでアイツがグレたのか、考えたこともないでしょ?」

「……なに?」

「自分にはよく分かりましたよ。あいつが、なんで夜中に一人でうろつくのか、派手な金髪にしたのか……。ま、今のあなたにはそれを言っても無駄でしょうけど」

言いたいことを言って若干スッキリした俺は、さっさと踵を返す。

「キミ!どこへ行くんだ!」

「どこへ?あいつを探して来るんですよ。あんた、あいつが泣いてたの知ってますか?」

「……なに?」

「気付くはずもないですよね。あんた、あいつを見ようともしてないし。結局は、そういうことなんですよ」

「……」

親父さんが言葉を探してる間に、俺はさっさと家を後にする。

「……ムカつく……」

歩きながら、そう言葉を吐き捨てていた。

154: 心のびた民 2014/12/02(火)22:24:11 ID:gbD
冬の夜道を一人歩く。
周りを見渡しながら、金色の頭を探していた。

しかしまあ、勢いで親父さんにケンカを売ったものの、今考えたら完全にDQNな言動だった。
これで社会人なんて笑ってしまう。
社会的に見たら、十分バカな奴だろう。

それでも、後悔はしていない。
俺個人として、親父さんのあの態度が気に入らなかった。
だからこそ、猛烈に女と会いたくなった。

しばらく街中を歩き回ったところで、ようやく見つけた。

「……いた」

街の中にある小さな公園。その中の街灯の下のベンチに、あいつは座っていた。
ジャージ姿を小さく丸め、畳んだ膝に顔を埋めていた。
寒いのか、泣いてるのか。はたまたその両方なのか……。

とりあえず近くの自動販売機でホットココアを買い、ゆっくりと女に近付いて行った。

157: 心のびた民 2014/12/02(火)22:40:08 ID:gbD
「寒いのか?」

俺の言葉に、女は瞬時に顔を上げる。
女の頬には、乾いた涙の痕が残っていた。

「な、なんだよいきなり!」

女は慌てて顔をジャージの裾で拭き始める。

「ばーか。遅いんだよ。もうしっかり見たぞ」

「う、うるさい!」

ゴシゴシと、生地が擦れる音が響いていた。

「ほれ、これ。あったかいぞ?」

俺がココアを差し出すと、女は横目で見ながらそれを受けとる。

「……ありがと」

呟いた女は、タブを起こしコクコクと飲み始めた。
そして俺は女の隣に座った。

「……あれが、お前んちなんだな」

「……うん、まあね」

「お前も大変だな」

「もう慣れたよ。生まれた時から住んでる家だし」

ヤケクソ気味に、笑いながら女は言っていた。

「そっか……」

「……昔からさ、父さんはあんな感じなんだよね。世間体ばっかり気にしてさ。父さんさ、会社のちょっと偉い人なんだよ。大学も有名なとこ出てるし、母さんも似たようなもんだし……。挫折ってのを、知らないんだよね」

「……」

女は、自分から話していた。
これまで溜まっていたものを全部吐き出すように、女の口は止まることはなかった。

163: 心のびた民 2014/12/02(火)23:02:33 ID:gbD

「小さい頃から勉強ばっかさせられてさ。遊びに行こうとしたら怒られるんだ。無理矢理塾にも通わされて、本当は嫌で嫌で仕方なかったんだけどね……。
学校のテストの結果は、いつも見られるんだよ。高得点以外は認めてくれなくてさ。よく、怒られてたな」

「……キツイな」

「うん。……でも、一番きつかったのは、妹と比べられることだったんだよね。あいつさ、めちゃくちゃ頭いいんだよ。勉強も小さい頃から熱心にしててさ。テストではいつも学年上位。あたしは、どれだけ勉強しても学年の真ん中くらい。たぶん、親の頭の良さが全部妹にいったんだよね。
妹はあんだけ出来るのに、お前はなんだ。姉のくせに、なんでもっとしっかりしないんだ。……聞き飽きた言葉だよ。
ただ、妹がやっけになって勉強してたのは、たぶんあたしを見て来たからなんだよね。あの家だと、成績が全てなんだ。成績が悪いと、人として認めてくれないし。それは、一番近くであたしを見てた、妹が一番知ってたんだよね。
だから妹は、必タヒに勉強してたんだよ。遊びにも行かずに、ただ必タヒに、父さんの機嫌取りをしてたんだよね」

「……」

「で、あたしは見事に中学受験に失敗。普通の公立に行ったんだけど、そっからかな。父さんのあたしを見る目が冷たくなったのは。妹は難なく私立中学いったけどね。
高校に行かなかったときも、なんも言わなかったよ。ただ家に置いてもらって、一人で残り物のご飯を食べるような感じ。笑えるでしょ?」

「笑えねえよ」

「笑ってよ。じゃないと、惨めじゃん、私……」

女は、表情を一気に暗くした。
また泣き出しそうな、そんな顔だった。

166: 心のびた民 2014/12/02(火)23:56:45 ID:gbD

女は、これまで色んなことを抱えてきたのかもしれない。
そして、声なき声で色んなことを叫んでいたのかもしれない。
そう思うと、無性にイライラしてきた。
さっき少しだけ収まったフラストレーションが、頭の天辺めがけて込み上げて来た。

「……行くぞ」

立ち上がり、女の手を掴む。

「え?ちょ、ちょっと……」

「いいから。来い」

「どこに?」

「決まってるだろ……」

そして俺は、強引に女の手を引っ張り歩き始めた。
ただ、そこを目指して。

「――お前んちだよ」

「……え?」

167: 心のびた民 2014/12/03(水)00:17:51 ID:nfO
俺と女は、再び家の前に立った。

「……どうすんの?」

背後から、女の不安そうな声が聞こえる。聞こえたが、反応出来ない。
こちとら頭はすっかり茹で上がってて、イノシシ状態だったわけだし。

黙ったまま、インターホンを押す。
しばらくすると玄関の灯りがつき、再び親父さんが姿を現した。

「……またキミか……。それに……」

俺の背後に目をやる親父さん。
見たくもないものを見るかのような視線を送っていた。

「……お父さん。こいつのこと、どう思うんですか?」

「……は?」

「今後のこいつを、どうしようと思ってるんですか?」

「……」

俺の言葉の真意を探っているのか、少し思案に耽る。
そして……。

「……どうもしない。好きにすればいい。これまで通り、な」

「……」

本音か、素直じゃないだけか……。
とにかく、親父さんはそう言った。
――娘である、女の前で。

168: 心のびた民 2014/12/03(水)00:21:48 ID:nfO

そして俺の中で、何かが弾けた。
それは号砲のように脳内に響き、決心みたいな奴が完全に固まった。

「……それはつまり、これからこいつがすることに全面的に口出ししない……ということですね?」

「……まあ、そうだな。ただ、法に触れることは困る。私の立場が―――」

「――そんな言葉は聞く気はないんですよ。ただ、分かりました。ありがとうございます」

一度だけ、頭を下げる。

「……キミの言ってる意味が、いまいち理解できないのだが……」

「いえ、ただ単に、こいつの人生に対してこれ以上首を突っ込まないって言葉を聞きたかっただけなので」

「……聞いて、どうするんだ?」

親父さんの表情が、少しだけ険しくなった気がした。
ふと後ろを振り返れば、女は俺をきょとんとした目で見ていた。

そんな女の顔を見て、俄然止まるつもりはなくなった。
再び前を向き、親父さんに正対する。
そして射頃すように、親父さんの目を睨み付けた。

暴走上等。ノープラン最高。
俺は今、勢いだけの存在へと変貌を遂げる……。

「――……娘さんと、結婚させてもらいます」

「―――ッ!?」

「はぁ――ッ!?」

俺の言葉に、女と親父さんはフリーズした。
そして少しの間、沈黙が広がった。

185: 心のびた民 2014/12/10(水)13:21:04 ID:NPk
「……な、なんだって?」

親父さんは、目を丸くして聞き直した。

「ですから、娘さんと結婚させてもらいます」

「ちょ、ちょっとあんた……!何言って……!」

俺の言葉に逸早く反応したのは、女だった。だが俺は気にせず話を続ける。

「異論はありませんよね?今後一切、あいつのすることに口出ししない。法を犯しさえしなければ何をしてもいいと。さっき、確かにそう言ったはずですが?」

「ふ、ふざけるな!お前なんかに……!」

「――娘はやらん……とでも?」

「――ッ!?」

「それは少しばかり都合が良過ぎじゃないですか?あんだけコイツに対して無関心で、まるで邪魔者みたいな物言いをしておいて、いざ自分の手を離れようとしたらそれは嫌だと?
おたくにとって、あいつはいったいなんなんですか。ただ手元に置いておくだけの飾りですか?あれば邪魔。でもないのは嫌だ。それって、物以下の扱いなんじゃないんですか?」

「……し、しかし……!」

「とにかく、娘さんは俺と結婚します。後日婚姻届を持ってくるので、何も言わずにサインしてください。そんくらいの、自分の言葉の責任はとってくださいよ。あなたは、“優秀な大人”なんでしょ?」

「――ッ!」

「じゃ、俺はこの辺で。――ほら、行くぞ」

「え?で、でも……」

「いいから。来いよ」

「う、うん……」

踵を返し、家を後にする。女も、一緒に。
親父さんは、玄関で立ち尽くしていた。
声をかけようにも声が出ない。手を伸ばそうにも手が出ない。追いかけようにも、足が動かない。
そんな、顔をしていた。

191: 心のびた民 2014/12/11(木)00:49:26 ID:N7j
「ね、ねえ……」

歩きながら、女は口を開いた。

「……さっきの結婚の話だけど……」

「ああ、悪かったな。いきなりあんなこと言って」

「い、いや、あたしは全然いいんだけど……」

「……え?」

「ああ!いや!な、なんでもない……」

そう言うと、女は黙り込んでしまった。
よくよく考えてみれば、俺、とんでもないこと言ったのかもしれない。
……でも、これくらいの荒治療じゃないと、あの親父さんの頭の固さは取れないだろうし。

しかして問題は、俺の言葉のケジメだったりする。
こうして連れ出してしまった以上、俺んちで面倒見るしかないわけで……。
ぶっちゃけ、かなり気まずい。

でもまあ、今更家に戻すわけにもいかない。

「……と、とりあえず、俺んち行くか」

「う、うん……」

なんだか不思議な空気のまま、俺達は俺の居城へと向かった。

193: 心のびた民 2014/12/11(木)00:54:41 ID:N7j

「……」

「……」

家の中に入るなり、女はそそくさと今のクッションの上に座り込んだ。
俺もまた、テーブルを挟んだ向かいに座る。
テレビは、どうしてだか点ける気も起らなかった。
チクタク……チクタク……と、時計の針だけがせわしなく音を立てる。

「……こ、コーヒー、飲むか?」

「う、うん……」

なんだか非常に話しづらい。
俺達には、不快感のない重い空気が圧し掛かっていた。

こうなってる原因は、おそらく女だ。
まったく、いつもと違う。
さっきからずっと俯いていて、一切俺の方を見ようとしない。
若干顔が赤く見えるのは、外の寒さのせいだろうか。それとも……。

そんなことを考えながら、俺はインスタントコーヒーにお湯を注ぐ。
女の方には、砂糖も入れて。
まだまだ、ブラックの美味さは分からないだろうし。

194: 心のびた民 2014/12/11(木)01:00:58 ID:N7j

「……」

「……」

お互いにコーヒーをちびちび飲む。
そして部屋には、再び沈黙の時間が訪れていた。
何て切り出せばいいのか分からない。
今更ながら、凄まじく恥ずかしくなってきた。
なんてったって、あれって完全に遠回し(?)なプロポーズだったわけだし。
色んなステップを三段跳びして、空中三回転半捻りまでしてしまったのだろう。

自分でも何を言ってるのかよく分からない。
俺もまた、果てしなく動揺しているようだ。
こういった時の対処法なんて、一つしかない。

「……そ、そろそろ寝るか?」

「え?あ、ああ……うん……」

やはりどこか固い女。
以前と同じように、女はベッドで、俺は床でそれぞれ横になり、各々夢の世界に逃避したのだった。

205: 心のびた民 2014/12/17(水)23:27:20 ID:ZKc
それからしばらく、女は俺の家で生活をした。
最初は固かった二人だったが、時間が経つにつれ徐々に表情は解れ、いつものとおりの関係となっていた。

「なあ、醤油取って」

「これ?」

「それはソースだ」

「じゃあこれ?」

「それはケチャップだ。見りゃ分かるだろ」

「それなら、これ?」

「それは塩だ。ていうか絶対わざとだろ」

「バレたか」

「なぜバレないと思ったのか」

「別にいいじゃん。ほら、食べよ食べよ」

「いや醤油取れよ!」

……こんな感じで、実にくだらない会話を繰り返す毎日だった。
ただそれでも、女はいつも笑顔だった。
それを見ていると、社畜として働く毎日も悪くはなかった。

でも、このままじゃいけないとは思っていた。
このまま毎日が続けばいいが、それは、本当の意味での解決にはなっていない。

俺にも、親父さんにも、そして女にも、ケリをつけなければならない。
そう、思っていた。

207: 心のびた民 2014/12/17(水)23:36:49 ID:ZKc
それから数日が経過した後の休日。
俺はとある家の前に立っていた。
女の家だ。

空はあいにくの曇り。一切の青色は見えず、どんよりとした重い灰色が上空を包んでいた。
まるで俺の心境のようだ。
なんとなく、体が重い気がする。

ともかく俺は、一度深呼吸をした後、インターホンを押した。

「――はい」

実に不機嫌そうな男の声が、外付けのマイクから聞こえる。

「……こんにちは。俺です」

「そ、その声は……!」

俺の声を聞くなり、インターホンはガチャ切りされる。
そしてすぐに中の廊下をどたどたと慌ただしく走る音が聞こえ、玄関は勢いよく開けられた。

「……」

出てきたのは、当然、親父さんだった。
まるで仇を見るかのように、俺を睨み付けていた。

「……ご無沙汰です」

そんな親父さんに、一度だけ会釈した。

208: 心のびた民 2014/12/18(木)00:17:37 ID:0dq
「……」

親父さんは俺を睨みつつ、横目で俺の後ろを覗いていた。

「あいつならいませんよ」

「――ッ!だ、誰がそんなことを!」

明らかに目で探していたにも関わらず、親父さんは慌てて否定する。
なるほど、こういうところは、女と似ているのかもしれない。
バカが付くくらい、本当に不器用だ。

ともあれ、俺はさっさと用件を済ませることとした。

「……今日来たのは他でもありません。この前言ってたことです」

「……なんだと?」

眉をひそめる親父さんに、俺はとある紙を差し出した。

「そ、それは……!」

親父さんは、一目でそれが何なのか分かったようだ。もしかしたら、予想していたのかもしれない。

「――はい。婚姻届けです。今日は、サインをいただきに来ました」

「……!」

空の雲は、一層厚く積もっていた。

229: 心のびた民 2014/12/26(金)10:41:30 ID:RU4
差し出したその紙を目の当たりにした親父さんは、ただその場に立ち尽くしていた。
いったい何を考えているのだろうか。時折顔色を窺うように、チラチラと俺の顔を見ていた。

「……どうしたんてすか?」

「……」

俺の問いに、無言をもって答える。
正直に言えば、親父さんが何を言いたいかなんて分かっていた。
でもその言葉は、想いは、自らの口で語らなければ意味はない。
心に真っ正面から向かいあい、胸の奥深くに押し込めていたものを自ら解放しなければ、何一つ変わりはしないだろう。

「――さっさとしてください。“あいつ”が待ってるんですよ」

「――ッ!」

嗾けるように、催促する。
すると親父さんの表情は、ピクリと動いた。

そして……

「……お前に、娘はやらん……!!」

――親父さんは、扉を開いた。

232: 心のびた民 2014/12/26(金)11:53:33 ID:RU4
「……それは、約束が違うんじゃないんですか?」

「うるさい!何を言おうが、お前なんぞに娘はやらん!」

「ずいぶん勝手ですね。散々邪魔者扱いしておいて、いなくなろうとしたらそれですか?」

「……」

「おたくにとって、あいつは何なんですか?鳥篭の鳥ですか?人形ですか?」

「娘は……娘だ!」

「……それ、おたくが言う資格あるんですか?」

「……」

ふう、と、一度息を吐く。

「……お父さん。あなたも、分かったんじゃないんですか?ずっと一緒にいて、見えていなかったものが。
当たり前過ぎて、乱雑に扱っていたものが」

「……」

「何であいつが夜中出歩くのか、何であいつが派手な金髪にしているのか……。簡単なことです。
誰かに自分を探して欲しい。誰かに自分を見て欲しい。
そんな思いがあいつにあったんですよ。
――さて、その“誰か”ってのは、誰のことなんでしょうね」

「そ、それは……」

「――あなた……」

ふと、親父さんの背後に、お母さんが立っていた。
親父さんは、ゆっくりと振り返り、虚ろな目で見つめた。

236: 心のびた民 2014/12/26(金)13:06:00 ID:RU4
お母さんはゆっくりと親父さん元へ歩み寄り、優しい笑みを見せた。

「その方の言うとおりですよ。私たちは、あの子に過度な期待をしてしまってたんです。それがあの子のためと思っていましたが、本当の意味で、私たちは何も見えていなかったんでしょうね。
あの子が何を思っていたのか、何を願っていたのか……。
“あの子のため”というのも、実際は“私たちのため”だったのかもしれません」

「……」

「あの子がいなくなると分かって、ようやく気が付くなんて……。
本当、親として失格なのかもしれませんね、私たちは」

その言葉に、親父さんは項垂れた。おそらく親父さんも、同じことを思っていたのだろう。ただそれを、認めたくないだけだったのかもしれない。
まったく、本当によく似ている。素直じゃなくて、不器用。
あいつと、まるで一緒じゃないか。

「……あなたの方が、娘のことを分かっているようですね」

お母さんは、俺に話しかける。

「……そんなことないですよ。俺なんて、たかだか数ヶ月の付き合いしかありませんし。
ただ、見ていて歯痒かったので」

「あら……ずいぶんと世話焼きな人なんですね」

お母さんは、クスクスと笑っていた。

241: 心のびた民 2014/12/27(土)10:14:23 ID:uq2
「とにかく、娘の件は、ありがとうございます。おかげで、私も主人も忘れていたことを思い出せました」

「それは、何よりです」

「……ただ、結婚については、すぐには返事をしかねます。娘もまだ若いですし、なにより、私達としても、もう一度話してみたいので。
勝手なのは分かっていますが、やっぱり大切な娘なので……」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。こっちもこうなるのを分かってましたから」

親父さんとお母さんは、少し驚いた顔をした。

「……じゃあ、最初から……」

「いやいや、途中からですよ。結婚するって言ったときのお父さんの反応見て、ふと」

そして、お母さんは朗らかに笑う。

「……本当、あなたは世話焼きですね」

「そんなことないですよ」

244: 心のびた民 2014/12/27(土)12:23:51 ID:uq2
その時、黙っていた親父さんが、おそるおそる聞いていた。

「……あ、あの……娘は……」

「え?」

「娘は……今どこに……」

「ああ……あいつなら、別のところにいますよ。
――もうすぐ、帰ります」

「そ、そうですか……」

親父さんは、ほっとしたように息を漏らす。

「ただ、もしまた同じようにあいつが居場所をなくしたら、今度こそ問答無用で連れて行きます」

「――……分かった」

親父さんは、力強く頷く。
それを見て、俺もまた安堵の息を

245: 心のびた民 2014/12/27(土)12:33:51 ID:uq2
「……とりあえず、俺は帰ります」

親父さん達に頭を下げ、踵を返す。
親父さん達は呼び止めることはしなかった。

247: 心のびた民 2014/12/27(土)12:44:34 ID:uq2
それでも、背中に彼らの視線は感じ取っていた。

ブロック塀の正門を右に曲がれば、親父さん達の姿は完全に見えなくなった。

「――……ってことだ。親父さん達、大切なんだってよ」

家のブロック塀の影に立つ“そいつ”に、話しかける。

「……」

女は、何も言わずに小さく一度だけ頷いていた。
表情は伏せて見えない。
喜んでいるのか、今さらといった顔をしているのか……。
どちらにしても、両親の真意は知ることができただろう。
後は、こいつ次第。

「……ま、行こうぜ。ここにいつまでもいるわけにはいかないだろ。ラーメンでも食べるか」

女は再び頷き、俺の後ろをついて来た。

……さて、親父さん達はなんとかなった。
あとは、“もう一人の不器用さん”を残すだけ……。

見上げた空に、息を漏らす。
口から伸びた白い息は、雲の色に混じって、すぐに消えた。

250: 心のびた民 2014/12/27(土)20:19:25 ID:abQ
それから俺と女はラーメンを食べ、俺の家に辿り着いた。
女が俺の部屋で生活するようになって、ほんの二、三日しか経っていない。
それでも、女はすっかりこの家になれていた。
まるで自宅のようにくつろぎ、俺に軽口をたたく。
ホント、居候という身分をすっかり忘れ、存分に喜怒哀楽を見せつけていた。

――昨日までは。

「……」

「……」

室内にな、重苦しい空気が漂う。
女は、家に入るなり一言も喋らなかった。
もっとも、それは俺も同じだが。

もしかしたら、何かを感じ取っているのかもしれない。
そういうことはやけに過敏なようで、少し困る。……いや、かなり困る。

どう切り出そうかと考えるものの、なかなかいい案が思い浮かばない。
そうこうしている間にも、時は無情に過ぎていった。

252: 心のびた民 2014/12/27(土)21:58:10 ID:abQ
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
あと少し、あと少しのところだけど、このままだと、全部が宙ぶらりんになってしまう。
――俺は、意を決した。

「……なあ」

「……ん?」

「親父さん達のこと……だけどさ」

「……うん」

「よかったじゃねえか。親父さんもお母さんも、気づいたみたいだし。お前のこと」

「……そだね」

「だからさ……あのさ――」

「――コーヒー!」

「え?」

「……コーヒー、飲もっか」

「いやいや、それはいいから……」

「じゃあテレビ見よ!リモコンリモコン……」

「おい……ちょっと聞け。お前さ――」

「――こ、この前さ、雑誌で見たんだよね!」

「おい。ちょっと――」

「なんか都市伝説みたいなのがあってさ!それがね――!」

「――聞けよ!!」

「――ッ!」

思わず叫んだ俺の声で、女はびくりと身を震えさせた。
そしてまた、室内に静寂が流れる。

そして……。

「――……お前は、家に帰れ。こんな偽物じゃない、本当の家に……」

「……」

言葉は、放たれた。

279: 心のびた民 2014/12/30(火)10:34:45 ID:zLN
「……」

「……」

重い。ただひたすらに。
どんよりとした何かが、体にぬるりとのし掛かる。
まるでそいつが口を塞いでいるかのように、俺も女も、何も言わなかった。言えなかった。

「……なんで……」

辛うじて、女は声を漏らす。
だがその声すらも、震えていた。

「……当たり前だろ。ここは、お前の家じゃない。俺の家なんだよ」

「で、でも、いつでも来ていいって……」

「あの時とは状況が違うだろ。お前には、帰る場所があるんだ。お前を待ってる家があるんだよ」

「――嫌だ!!」

「――ッ!」

女は、叫び声を上げた。

282: 心のびた民 2014/12/30(火)12:53:31 ID:zLN
「……あそこには、戻りたくない。どうせまた一人になるし。
帰っても“おかえり”も言ってくれない。家を抜け出しても探しもしない。空気よりも軽くて、誰も見てくれない……。
あんなの、もうたくさんだよ……」

「……」

「あんただけなんだよ。心まで見てくれるのは。暖かいコーヒーも入れてくれるのは。
あんただけが、私を……」

女は、孤独を恐れていた。
こうなるまで、こいつはどれだけ辛い毎日を過ごしたのだろうか。
その日々を知るからこそ、そうなることが怖いのだろう。

本当は寂しがり屋で、甘えん坊なのかもしれない。
にもかかわらず、歯を食い縛り、夜の街を彷迷う。
――誰かに、見つけてもらうために。

そう考えると、思わず抱きしめたくなった。
今にも泣きそうに俯く女の姿は、問答無用に俺の心を締め付ける。

でも、女が求めていた温もりは、もう間近にあった。
後はほんの少し足を踏み出せば、女が本当に欲しかったものに届く。
俺が、それを邪魔しちゃならない。

「――……悪いな。俺にはそんなたいそうな理由なんて、ないんだよ」

「……え?」

「やろうとしても、お前面倒くさそうだからな。そういう女は勘弁だ。そのくせ、犬みたいに寄って来やがってよ」

「え?……え?」

「……迷惑なんだよ、いい加減。俺はお前とは関係ないだろ。
――帰れよ」

「――」

……俺の言葉の直後、女の目からは、涙がこぼれ落ち始めた。

283: 心のびた民 2014/12/30(火)13:23:28 ID:zLN
「そんくらいで泣くか?ホント、面倒くさい奴だな」

「……」

「帰らないなら、警察呼ぶからな。“知らない女がいる”ってな」

「――ッ!?」

「どうすんだよ。帰るのか?帰らないのか?」

「……!」

そして女は、その場から立ち上がり、急いで玄関へ駆け出す。
勢いよく開かれたドアから飛び出した女は、足音だけを残して出て行った。

「……ホント、俺が一番面倒くさいな……」

そんなことをぼやきながら立ち上がり、開けっぱなしのドアを閉めた。

「……あれ?」

そんとき、ようやく気が付いた。
俺の目からも、涙がこぼれていたことに。

それがいつからなのかは分からない。
女は、見たのだろうか。

それでも、女は戻って来なかった。
夜、玄関が開かれるのを期待する俺がいた。
そんなことないと思いながらも、暖かいコーヒーを2杯作る。

(何やってんだろ、俺……)

何だか自分が凄まじく情けなく思えた。
そして、コップを出しっぱなしのまま電気を消す。

静まり返った室内で、久しぶりのベッドに寝そべる。
ふわふわとした敷き布団と掛け布団、毛布。

でも、その日の夜は、やけに寒かった。

284: 心のびた民 2014/12/30(火)13:47:35 ID:zLN
翌日の夕方、仕事から帰ると、家の前に見たことがある姿があった。
そいつは俺に気付くなり、歩み寄ってきた。

「お前は……」

「……久しぶりですね」

学生服姿のそいつは、女の妹だった。

「……また、なんか用か?」

「いえ、別に……」

「そうか。……よかったな、姉ちゃん帰ってきて」

「まあ、そうですね。あなたのおかげです」

「何言ってんだよ。お前が、そうなるように仕向けたんだろ?」

「……なんのことですか?」

「とぼけんなよ。お前、最初っからこうなるって分かってただろ?だからわざわざ俺に会いに来て、あいつや俺をけしかけたんだろが」

「……さあ、どうでしょうね」

妹は、にっこりと微笑む。誤魔化す気満々のようだ。

「……まあ、別にいいけどさ。それより、これからが大切だろ。せっかく帰ってきた姉ちゃん、今度こそ逃がすなよ」

「……はい。そうですね。私、ずっと知ってたんです。姉さんが何を思ってたのか、父さんと母さんがどう思ってたのか……」

「ま、一番近くで見てきてただろうから、当たり前だよな」

「ええ。――姉があなたと出会えて、本当によかったです。でもせっかくなら、私の方が先に……」

妹は、言葉を尻すぼみに小さくする。
最後は何て言ったのか、よく聞き取れなかった。

「なんだって?」

「……いえ、なんでもありませんよ。なんでも」

妹は、再び微笑んでいた。

285: 心のびた民 2014/12/30(火)13:52:19 ID:zLN
「……ところで、これからどうするんですか?」

「これから?」

「姉のことですよ」

「……別に。どうもしない。もともと俺はイレギュラーな存在だしな。後は勝手にどうにかなるだろ。あいつも、そこまで子供じゃないだろうし」

「……あなたは、それでいいんですか?」

「……どうだろうな。俺にも、よくわからん。ただ、俺はあくまでも他人だ。お前ら家族のことは、お前らで解決しなきゃならんだろ。
俺は、ほんの助走路みたいなもんだよ」

「……そう、ですか……」

妹は、それ以上聞いて来なかった。

286: 心のびた民 2014/12/30(火)13:57:59 ID:zLN
「……とにかく、姉のこと、ありがとうございました」

最後にそう言い残した妹は、そそくさと帰って行った。

妹の様子を見る限り、女は両親とうまくいっているようだ。それがなにより嬉しかった。
本当は様子の一つでも見に行きたかったけど、せっかく家に帰ったあいつを惑わせるわけにはいかない。

そして俺は、日常の中に戻っていった。
仕事して、帰って、寝て、また仕事して……。
目まぐるしく移り行く日々に、埋もれていく。

287: 心のびた民 2014/12/30(火)14:08:57 ID:zLN
そんな中、街角でどこかで見たことがある顔を見た。
知り合いに、よく似た姿。
でもそいつは、髪が黒かった。

「お母さん、こっちにあったよ」

どうやら、親と買い物をしているらしい。
仲むつまじく歩く姿は、とても幸せそうだった。

だからこそ、俺はその場から離れる。
人並みに紛れ、“その他大勢”の一人になる。
声をかけてみたい。また、横を並んで歩きたい。
昔二人で歩いたアーケード街の中を、隠れるように歩き続ける。

あいつのこれからに、俺は必要ない。
本物があるからこそ、まがい物は必要ない。

人混みを抜けたところで、一度だけ振り返る。
当然、そいつの姿は見えなかった。

これから、俺にもあいつも、それぞれの道を歩いていく。
また交わるかは分からない。分からないけど、きっとあいつは、笑っているだろう。

「……さて、行くかな」

踵を返し、家を目指す。
今日は肌寒いし、風も冷たい。
こんな日は、暖かいコーヒーがいい。
少しだけ苦いけれど、心にしみる。

カップは、一つでいいだろう。

289: 心のびた民 2014/12/30(火)17:13:06 ID:ykr
あれ、俺はいつから泣いていたのだろう

292: 心のびた民 2014/12/30(火)19:18:07 ID:zLN
年の瀬は迫り、やがて新年を迎えた。
実家に帰省(寄生)した俺は、三箇日をコタツの中で過ごす。
親の小言を聞き流し、テレビから流れる特番をぼんやりと眺める。
時折ゲラゲラと笑い声を上げながらも、心ここにあらずといったところか。
なんとも情けないことだ。
こんな姿、ちょっと前の俺が見たら指をさして笑うことだろう。

しかしながら、後悔はしていない。
これがあいつのためになるって信じてるし、あいつは今笑ってるだろうから。
それでも、心のどこかにしこりのようなものがある気がするのは、俺の器が小さいからだろうか。
何度か家に行こうかと悩んだこともある。
でも、それじゃだめだと自分に言い訳をして、毎回途中で断念する。

情けない。ああ情けない。
結局何もアクションを起こしていないのは、結局俺がヘタレだからだろう。

そしてヘタレは、今日もコタツの主となっていた。

294: 心のびた民 2014/12/30(火)20:11:22 ID:zLN
いい加減うんざりし始めた親の顔色を察した俺は、さっさと荷物をまとめて自宅に帰った。
そして今度は、会社の新年会が俺を待ち構える。
毎回思うのだが、忘年会をしたうえでの新年会は、何か意味があるのだろうか。
いっそのこと忘新年会と一回で終わらせればいいのに。
とまあそんな愚痴を言ったところで、一介の企業戦士にそんな発言権などあるはずもなく、せわしなく禿げた上司に酒を注ぐ他なかった。

少しだけ、酔ってしまったようだ。
夢見心地のまま、ふらふらと自宅に戻る。

家のドアノブに手をかけたところで、ふと、ラーメンが食べたくなった。
しかし、時間も遅い。
この時間まで開いている店は遠く、今さら行く気にはなれない。
しかたなく、近くのコンビニへと向かう。

無愛想な若い店員が対応する中、食べ慣れたカップ麺を買う。
うまくはないが、困った時にいつも買うやつだ。
後は家で沸かしたお湯を注げば……。

「いらっしゃいませぇ」

やる気のない声でハッと気付いた。
コンビニに、客が入ってきた。

道を譲るように店を出る俺。
同じく俺を避けるように店に入る客。

すれ違い様、ちらりと横顔を見れば、視線が合った。

「――あ……」

俺と客は、ほぼ同時に声を上げる。
その客は、黒髪の女だった。

――あの女に、とてもよく似ていた。

297: 心のびた民 2014/12/30(火)22:12:48 ID:zLN
「――久しぶり」

「そ、そうだな……」

いつかのように、駐車場の片隅で腰をかける俺達。
まだ正月の延長だからか、やけに人が少ない。
そいつは黒髪だったが、服だけは見慣れたジャージだった。

「……髪、戻したんだな」

「ん?ああ、お母さんがね、黒髪の方が似合うんだって」

「そっか……。うん、そっちの方がいいぞ」

「そ、そっかなぁ……」

女は前髪をつまみ、色を眺める。
少しだけ、照れくさそうだった。

久々だった。
久々に、緩やかな時間が流れる。
ぺちゃくちゃと喋ることはない。
だけど、心の中の氷が溶けるように、落ち着いた気持ちになっていた。

「あ、そうそう」

そいつは、突如言い出した。

「私、学校行くから」

「マジでか!?」

「うん。まあ、定時だけどね。高校くらいは出とかないと、色々厳しいらしいし」

「そっか……。頑張れよ」

「うん。ありがと」

こいつは、やっぱり自分の足で歩き始めていた。
俺なんかがいなくても、立派に。
それは嬉しいことだろう。だけど、どこか寂しい気持ちもあった。
ヒナが巣立つ時の親鳥の心境なのだろうか。それとも……。

299: 心のびた民 2014/12/31(水)00:24:59 ID:XWo
「――そろそろ、帰らないと」

そいつは、突然立ち上がった。

「……なんだよ。早いじゃないか」

「うん。帰りが遅いと、父さんがうるさいんだ」

「ああ……。あの人、確かに口うるさそうだ」

俺とそいつは、クスクスと笑う。

「……じゃあ、私帰るね……」

「ああ……。気を付けて帰れよ……」

「うん……」

そいつが行こうとした時、俺はようやく気が付いた。
耳に付けていた、どこかで見たイヤリングに。

「……そのイヤリング……」

そいつは足を止め、耳元を触る。
そして、微笑んだ。

「……少し前にね、もらったんだ。……私が、大好きな人から……」

「……奇遇だな。俺もさ、あげたんだよ、イヤリング。……好きな女に、さ……」

「そう……なんだ……」

俺とそいつの、時間が止まった。

300: 心のびた民 2014/12/31(水)01:56:27 ID:0IH
べ、別に感動してなんかないんだからね!

301: 心のびた民 2014/12/31(水)02:34:22 ID:9TE
「……そろそろ、帰らないとまずいんだろ?」

「……うん。まあね」

女は、右足のつま先を地面で回しながら、なかなかその場を立ち去ろうとしない。
名残惜しいのだろうか。……いや、その言い方は卑怯だな。
そうであってほしいんだ。俺自身が。

「――手、貸せ」

「え?」

「いいから。手を出せよ」

俺の突然の申し出に、女は戸惑いながらも右手を差し出した。
俺はその手を掴み、固い握手をする。

「……なに、これ?」

「あ?見ればわかるだろ。握手だ」

「いやそうじゃなくて、なんで今?」

「これはな、約束の握手だ」

「約束?」

「ああ。――俺は、お前が高校を卒業するまでもう会わないし、姿は見せない」

「え?」

「次に会うときは、高校を卒業したときだ。そんとき、飯を奢ってやる」

「なにそれ……どういう――」

「最後まで聞け。――そんで、その時に、お前に話す」

「何を?」

「それは……そんときのお楽しみだ」

「……それ、卑怯じゃない?」

「いいんだよ、別に。とにかく、お前は今出来ることをしろ。俺も、自分のこと頑張るからさ」

「……」

302: 心のびた民 2014/12/31(水)02:47:34 ID:9TE
「俺達はここで会ったからな。だからこそ、ここで一旦解散だ。もう一度デカくなって、また会うんだ。
逃げることなく、囲うこともなく、お互い自分の足で歩けるようになって、改めて会うんだよ」

「……もし、会えなかったら?」

「会えなかったらじゃない。会うんだよ。
だからこその、約束だ」

「……」

女は、何かを考えながら俺の目を見ていた。
揺れる瞳は、ただひたすらに俺に向けられていた。
そして……。

「――私もさ、本当は、あんたに言いたいことがあったんだよ」

「そっか……」

「……でも、それは今は言わないでおく。あんたは、そうしたいんだよね?」

「ああ。そうだな」

すると女は、クスリと笑った。

「――またな。元気でやれよ」

「――あんたも。仕事頑張ってね」

最後にそう言い交わした後、女は帰っていった。
俺はしばらくその場に残り、女の後ろ姿が見えなくなるまで見送る。
そして誰もいなくなったコンビニを後にした。

ふと振り返り、コンビニの駐車場を見渡した。
夜も遅く、辺りは暗闇に包まれている。
それでも、コンビニから溢れる光は、やけに輝いていた。

307: 心のびた民 2014/12/31(水)08:46:26 ID:9TE
それから、俺はあのコンビニには行かなくなった。
行けば必ず探してしまう。いるはずのない、あの顔を。
毎日の中に埋もれながら、実感していた。
それまでとは、変わらないはずの日々。
だけど、明らかに違う日々。
月日が流れるのが嬉しくて、無駄にカレンダーをめくったりもした。
まるで遠足を待ちわびる子供のように見えるかもしれない。
だけど、今はそれでもいい。子供でもいいんだ。
だって俺の人生は、今光に満ちているから。
それまで漫然と流れていた時間の1秒1秒が、幸せの足音のように感じれる。

(なんだよ。人生って、捨てたもんじゃねえじゃねえか)

そんなことを、考えていた。

309: 心のびた民 2014/12/31(水)09:46:59 ID:9TE
「――とまあ、こんな話を書いてみたんだが」

「……よくそんだけ妄想出来るね。関心するわ」

彼女は、呆れるように呟く。
昼下がりの午後、俺はパソコンに向かい、カタカタと妄想を2ちゃんねるに書き込んでいた。
様々なレスが付くのに心を躍らせながら、少しずつ書き込む。

「……ほら、そろそろ行こ。お父さん、待ってるから」

「ああ……また、小言言われるかもなぁ」

「いつものことじゃない。ほら行こ」

「そうだな。ま、今年もなんとかなるだろ」

結婚して早2年。
義父さんの小言にも、だいぶん慣れてきていた。
今日は、大切な報告がある日……家族が、増えたことを告げる。

彼女は優しく微笑みながら、玄関で俺を待っていた。
俺もまた微笑みを返し、彼女の元へ歩み寄る。

そんな彼女の耳には、イヤリングがあった。
星形の、少し子供っぽいもの。
二つの星は、同じ動きで揺れる。

仲睦まじく、踊っているようだった。

「――いってきます」

俺と彼女は誰もいない部屋に、声をかける。
こうやって、俺達の毎日に、また新たな1ページが書き記される。

これからも、ずっと――。



終わり

312: 心のびた民 2014/12/31(水)10:00:13 ID:707
>>1
最高だ

313: 心のびた民 2014/12/31(水)10:12:02 ID:IBp
なんか最後が……
でもよかった!1お疲れ様

314: 心のびた民 2014/12/31(水)10:33:14 ID:uRQ
1乙
ありがとう

315: 心のびた民 2014/12/31(水)10:51:31 ID:8Sc
乙!感動した(´;ω;`)

310: 心のびた民 2014/12/31(水)09:50:28 ID:OAf
乙1

引用元: http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1417083656/



7777: 心のびたみんがお送りします 20XX/01/30 14:17:50 ID:KKO127CTNA


俺「ちょっと鬱っぽいんです」 医者「はい、千原ジュニア一週間分処方しときますね」

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